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2010年4月 3日 (土)

「命」の報道は慎重に…

 ジャイアンツの木村コーチがくも膜下出血で倒れ、広島大学病院に搬送されたニュースが、各局で報じられています。
 グランド上に崩れ落ちるように倒れる様子を捉えていた局もあり、ジャイアンツファン以外の野球好きの皆さんにとっても、衝撃的なシーンだったと思います。
 容態は予断を許さない状況のようですが、一日も早い回復を祈りたいものです。

 ところが。
 TBSがローカルニュースで、アナウンサーが救急搬送されたことを伝えていたのに、字幕では「木村コーチ急死」と出してしまい、その後訂正放送をする事態になりました。
 サンケイスポーツのWebサイトに、コトの一部始終が紹介されています。
 『TBSがG木村コーチを「急死」と誤って表示』
 http://www.sanspo.com/geino/news/100402/gnd0403000-n1.htm

 正直、コレはひどい。間違いでした…で済まされる問題じゃない!

 いかに「JUST IN」で飛び込んで来たニュースでも、人の生死に関わる報道は慎重に扱って欲しいものです。
 そういう積み重ねこそが、「命」に繋がるものを伝える、何よりのキャンペーンにもなることでしょう。


 私の大好きなノンフィクションに、1979年1月に大阪で発生した「三菱銀行事件」の際の新聞記者の奮闘振りを時系列で追った「ドキュメント新聞記者 ~三菱銀行事件の42時間~」(読売新聞大阪社会部編、1980年刊行・1984年文庫化)という本があります。
 現在、マスコミで広く活躍されている大谷昭宏さんが、この当時読売大阪に在籍していて、主人公の一人として登場しています。

 この中の、最も印象的なシーン。

 人質と共に42時間に渡る支店店内への篭城後、大阪府警の狙撃部隊によって犯人は逮捕され、瀕死の重傷を負ったまま病院へ搬送されます。
 読売大阪の社会部内でも、人質の安否と犯人の生死の確認作業に追われることとなりますが、そんな中で社会部に設置されているテレビが「犯人死亡」の一報を流し、社会部内にどよめきが起こります。
 それを制したのが、当時の社会部長だった黒田清氏(1987年退社・フリーとして活躍後、2000年没)の、この一言でした。

 「うちの記者が言って来るまでは、死亡じゃないぞ!」

 …犯人が息を引き取ったのは、それからほぼ半日後のことでした。

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